DNAの展覧会鑑賞記録帳
鑑賞日 2008年4月19日(土)
会 場 東京国立近代美術館
会 期 2008年3月29日(土)~2008年5月18日(日)
入場料 一般1300円 大学生900円 高校生400円
図 版 2300円
生誕100年を記念して開かれた過去最大の回顧展とのことで、代表的な作品101点、スケッチや習作を含め総出品点数は154点にもなる。
東山魁夷の作品をはじめて見たのは、親に連れられて毎年見に行った日展でだったと思う。「白馬の森」「春雪」「夕静寂」は確かに会場で見た記憶が残っている。深い青の色、緑の色、白馬がたたずむ幻想的な森。子供心にも印象深かったのだと思う。中学に入って、親子で日展に出かけることもなくなったが、家にあった魁夷の画集はよく眺めていたと思う。
高校生の時に、「日本の美を求めて」と題された著作を読み、画家という人たちはなんと高い精神性を作品に込めるのだろうと思ったものだ。
今回印象深かったのは、魁夷の作品は、見ていてちっとも疲れないということだった。先日、横山大観の展覧会を見に行ったときには、人が多かったせいもあるのだろうが、とにかく疲れた。作品に精気を吸い取られたかのような錯覚すら覚えた。魁夷の作品はまるで逆で、見ていて力が分け与えられるような暖かくて、穏やかなやさしさを感じた。魁夷の作品からは何かしらのエネルギーが出ているのではないかとすら思う。特に、唐招提寺の襖絵「濤声」は二階展示室に特別に唐招提寺の御影堂をそのまま移してきたような設えで展示されていたのだが、その前に立ったとき、海風が吹き渡ったように感じた。この作品は、唐招提寺展で見たことがあったのだが、そのときもやはり、風を感じたのだった。左手からうねり打ち寄せる波が中央の頂に松が生えた突き出た岩に砕け、皿に右手奥の岩場に打ち付けて白い波が泡立っている。そして勢いを弱められた波は、小さな波に変わり、画面には描かれていないけれども、きっと白い浜へと打ち寄せていくのだろう。この海は生きている。描かれた青と緑で描かれた海水の下には海底が確かにあって、海面と海底の間には、たくさんの命が存在しているのだと、素直に思えてしまう。時間を忘れてずっと見ていたい。そう思う絵だ。
ゴールデンウイーク中は混むだろうけれど、ぜひ家族で見に行って欲しい。小学生でも、絵が好きなお子さんだったら、きっと喜んで見ると思う。とにかく画集では味わえない、鮮やかでありながら深くやさしい色と、現実とも幻想とも取れる美しい風景を、やわらかい心の子供たちに見せてあげて欲しいと思う。
もうひとつ、今回、常設展で見た作品に深い印象を受けたものがあった。
藤田嗣治の「アッツ島玉砕」だ。第二次世界大戦中に多くの画家たちが国家の要請を受けて国威発揚のための戦争画を描いた。戦後生まれの私には当時その絵をどのように人々が見たのかは判らない。戦争に協力したと戦後断罪された画家もいたと聞いている。しかし、この絵を見て、この絵が国威発揚の為にかかれたものでも、第二次大戦の一戦闘を描いたものでもないと思った。兵士たちが入り乱れて鬼気迫る殺戮の場面は確かに20世紀の姿なのに、なぜか、ギリシャローマやヨーロッパの歴史画に描かれた戦争を思い起こさせる。恐ろしい絵なのに、祈りを感じる。不思議な絵だ。もし、出かけられたら、この絵もぜひ見てみてほしい。
会 場 東京国立近代美術館
会 期 2008年3月29日(土)~2008年5月18日(日)
入場料 一般1300円 大学生900円 高校生400円
図 版 2300円
生誕100年を記念して開かれた過去最大の回顧展とのことで、代表的な作品101点、スケッチや習作を含め総出品点数は154点にもなる。
東山魁夷の作品をはじめて見たのは、親に連れられて毎年見に行った日展でだったと思う。「白馬の森」「春雪」「夕静寂」は確かに会場で見た記憶が残っている。深い青の色、緑の色、白馬がたたずむ幻想的な森。子供心にも印象深かったのだと思う。中学に入って、親子で日展に出かけることもなくなったが、家にあった魁夷の画集はよく眺めていたと思う。
高校生の時に、「日本の美を求めて」と題された著作を読み、画家という人たちはなんと高い精神性を作品に込めるのだろうと思ったものだ。
今回印象深かったのは、魁夷の作品は、見ていてちっとも疲れないということだった。先日、横山大観の展覧会を見に行ったときには、人が多かったせいもあるのだろうが、とにかく疲れた。作品に精気を吸い取られたかのような錯覚すら覚えた。魁夷の作品はまるで逆で、見ていて力が分け与えられるような暖かくて、穏やかなやさしさを感じた。魁夷の作品からは何かしらのエネルギーが出ているのではないかとすら思う。特に、唐招提寺の襖絵「濤声」は二階展示室に特別に唐招提寺の御影堂をそのまま移してきたような設えで展示されていたのだが、その前に立ったとき、海風が吹き渡ったように感じた。この作品は、唐招提寺展で見たことがあったのだが、そのときもやはり、風を感じたのだった。左手からうねり打ち寄せる波が中央の頂に松が生えた突き出た岩に砕け、皿に右手奥の岩場に打ち付けて白い波が泡立っている。そして勢いを弱められた波は、小さな波に変わり、画面には描かれていないけれども、きっと白い浜へと打ち寄せていくのだろう。この海は生きている。描かれた青と緑で描かれた海水の下には海底が確かにあって、海面と海底の間には、たくさんの命が存在しているのだと、素直に思えてしまう。時間を忘れてずっと見ていたい。そう思う絵だ。
ゴールデンウイーク中は混むだろうけれど、ぜひ家族で見に行って欲しい。小学生でも、絵が好きなお子さんだったら、きっと喜んで見ると思う。とにかく画集では味わえない、鮮やかでありながら深くやさしい色と、現実とも幻想とも取れる美しい風景を、やわらかい心の子供たちに見せてあげて欲しいと思う。
もうひとつ、今回、常設展で見た作品に深い印象を受けたものがあった。
藤田嗣治の「アッツ島玉砕」だ。第二次世界大戦中に多くの画家たちが国家の要請を受けて国威発揚のための戦争画を描いた。戦後生まれの私には当時その絵をどのように人々が見たのかは判らない。戦争に協力したと戦後断罪された画家もいたと聞いている。しかし、この絵を見て、この絵が国威発揚の為にかかれたものでも、第二次大戦の一戦闘を描いたものでもないと思った。兵士たちが入り乱れて鬼気迫る殺戮の場面は確かに20世紀の姿なのに、なぜか、ギリシャローマやヨーロッパの歴史画に描かれた戦争を思い起こさせる。恐ろしい絵なのに、祈りを感じる。不思議な絵だ。もし、出かけられたら、この絵もぜひ見てみてほしい。
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